第3回目は1992年JRA賞年度代表馬、「坂路の申し子」”ミホノブルボン”です!

この記事は2011年10月2日に書いたものを加筆、修正したものです。

稀代の快速逃げ馬・ミホノブルボンによせて...。

通算成績8戦7勝、G1勝利は朝日杯3歳S皐月賞日本ダービー。連対率100%の最上級の二冠馬で日陰者の調教師、騎手に光を与えた名馬でした。

当初は血統面において決して期待された馬ではありませんでした。しかし、その非凡たる能力を見抜き、その潜在能力を限界値まで極限に引き上げてくれた調教師との出会いによりこの馬の馬生は一変します。

逃げ馬のイメージが強いブルボンですが、デビュー戦は直線で他馬を一蹴する強烈な末脚で差し切り勝ち、現代では驚く程のタイムではないかも知れませんが当時の馬場状態では上がり3Fのタイムは三歳(現二歳)としては破格の数字を叩き出しました。その当時デビュー戦を観た人達はトンでもない逸材が現れたものだと挙って言っていた気がします。

三歳にして他馬を凌駕する能力を兼ねていたブルボンは三歳チャンピオンとなり、迎えたクラシック戦線。この頃から各マスコミにブルボンに対して囁かれる言葉が出始めます、距離不安説です。父・マグニテュードは未勝利馬でしたが、日本にて種牡馬となり多くの活躍馬を誕生させていました。しかしその産駒傾向は短距離馬が多いため、ブルボンも1600mまでの馬では...?という声が上がっていました。そんな状態で迎えたトライアル戦・スプリングS。初の1800m、重馬場という不安要素を嘲笑う様にブルボンは圧勝劇で四歳初戦を勝ち上がり、クラシック本番・皐月賞へ向かいました。この時も言われ続けたのは距離不安でした。距離がまた200m延びる、それではブルボンはもたないと言われていたのです。しかし、またまたそんな下馬評をよそに圧倒的に勝ち切ってしまいます。この事によりブルボンに対する競馬ファンの考えが二分されました。

次に迎えるのは競馬界の最高峰レース・日本ダービー。ただでさえ距離不安をと唱えられていた馬が400mの距離延長、まして府中の長い直線を逃げ切れるものか!と考える常識派と、あの期待抜かれた馬体、精神はそんな定説を覆す彼こそが世代最強馬だと考えるファンがいました。私は当時、競馬を観始めた頃でしたが、何か只なるこの馬の魅力に惹かれ後者派の考えのファンでした。迎えた第59回日本ダービー、結果は全ての競馬ファンの常識を根底から変える圧勝劇でした。まだ競馬の事が右も左も分かっていなかった私もあのレースを観た事により本当の意味で競馬、競走馬の魅力に引き込まれたレースでした。もし、あの時あのダービーを観ていなかったとしたら今の私はこの様な書き物をしていなかったと思っています。

話を戻します、この危なげない日本ダービーにてブルボンはある馬と出会います。その馬はレースでブルボンの影すら踏めなかった二着馬。後に終生のライバルとなる悲運の名馬・ライスシャワーです。終生といっても彼とはダービー後、二戦しか走りませんでしたが...。

改めて二冠馬となり秋に向けてブルボンはこれまで以上に坂路にてハードに鍛え抜かれます。その研ぎ澄まされた馬体をみて人々は栗毛のサイボーグとさえ呼び始めます。猛特訓の後に迎えた秋初戦の京都新聞杯にて貫録を魅せ付け快勝、そして遂にクラシック最終戦を迎えます。

ブルボンにとってダービーから更に600m延びるクラシック最大の難関・菊花賞。当時の私の記憶としてはダービー時程の不安説は囁かれていなかったものの、専門家は冷静に今回こそは距離は...と言っていた人がいた様に覚えています。それ程距離不安説が出ているのなら、現代なら天皇賞・秋JCに向かえば良いだろうと思われる方がいるでしょうが、この時までその様な風習は無かったのです。ダービー馬たるもの、まして二冠馬たるもの、決して他の挑戦を拒めませんでした、王者には退路は無かったのです。

そんな中、迎えた菊花賞。競馬ファン、そして私は皇帝・シンボリルドルフ以来の無敗の三冠馬誕生を夢見ていました。しかし、レースはライバルである快速馬・キョウエイボーガンの捨て身の走りによりハナを取れず、そればかりか高速ペースで乱され直線半ばに淀の猛者、ハイパーステイヤー・ライスシャワーにあっさりとかわされ、その後猛追をしてきた実力馬・マチカネタンホイザと二着、三着争いを演じます。私はあの直線を観ていた時に二着すらダメか...と思ってしまいましたがブルボンは並の馬と違いました。あの直線彼にはスタミナもパワーも残っていなかったハズでしょう。そんな極限の状況の中で彼はもがき苦しみながらも差し替えし二着を死守したのです。あのレースのブルボンの姿を観て改めて何て強い馬なのだろう!と感動し涙を抑える事が出来ませんでした。今でも私にとってブルボンの最高レースは菊花賞です。

その後三冠の呪縛から逃れ、いざ現役最強馬の称号を目指したブルボンでしたがハードな調教がたたってか脚部不安を起こし引退となりました。

兎に角、この馬程一戦一戦が私の脳裏に焼き付いている馬はいません、そんなブルボンに会いに行きました。

<これらの写真は2010年頃に撮影されたモノです!>

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ブルボン、会いたかったよ。元気してたかい?それにしても未だに現役?!と思わせる若々しい姿だね。

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貴公子のような顔立ちに似合わないヤンチャぶり、若さの秘訣はソコにありかな?

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どうしたの?ブルボン。こっちをジっと見つめて...。何を言いたいのかな?

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無邪気な表情が愛らしくカワイイなー。何々?なにしてくれって!あっそっかー。

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(牧場の方のお許しをえたので...)
これだねー、食欲全開だなー、幸せそうな顔してー。あのブルボンにこうして人参をあげる...事が...出来る...なんて...(大泣)...夢の...様だよ。

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私は人形とかを買う人間ではないのですが、ブルボンのだけは今もこうして残しています。ホント素晴らしい馬だったなー。


見学時、牧場の方の御厚意によって少しの間、ブルボンと戯れることが出来ました。その時に腕をグイッと噛まれたことは一生の思い出となりました。

現役を引退後、十数年種牡馬として頑張っていましたが自身の能力を十二分に引き継ぐ後継馬を誕生すさせる事は無いまま種馬を引退、その後は産まれ故郷にて功労馬としてのんびりと暮らしていました。

父・マグニチュードは大種牡馬・Mill Reefと名牝・Altesse Royaleとの産駒で前述述べた通り日本競馬界にクラシック馬とG1馬を輩出した名種牡馬。母・カツミエコーにはClarionYour Highnessライジングフレーム等の欧州の重厚な血と日本古来の血脈・月友の血が流れる血統です。そんな奥深い血が産み出した結晶馬がブルボンだったのでしょう。

種牡馬となってからは地方競馬等で重賞馬を輩出したものの、自身級の活躍馬は誕生させる事は出来ませんでした。しかし、唯一の後継種牡馬であるシュイベモアを誕生させており、地方ながらその産駒たちが勝ち上がっています。私はブルボンの父父産駒(ソフトボーイ )の勝ち上がり戦を現地にて観戦しており、その事でより一層ブルボンとの縁を感じてしまいました。数少ない後継馬たちですが、その中からブルボンの血を引く馬が残っていく事を願っています。

栗毛の超特急馬・ミホノブルボン。現役時はその極限にまでに鍛えぬかれた身体を武器にライバルに影さえ踏ませぬ走りでみる者を夢中にさせてくれたね。その美しき毛色、馬体、精神...本当に君程の馬はそうお目にかかれるモノではない。怪我によりその走りを多く観る事は出来なかったけど、その選び抜かれた至高の走りは今でも鮮明に脳裏に刻まれている。種牡馬となり競走馬時代と同様に王朝時代を築いてくれるものかと思っていたけどそれは難しいものだったね。それでもこうして競馬史に燦然と輝く蹄跡を残せたのだから悔いはないだろう。

磨き抜かれた黄金色の原石・ミホノブルボン。そちらには君の事を一足早く待ってくれている仲間が沢山いただろう。戸山先生、貞博さん、兄弟子・ケンザン、そして心友・ライスとは会えたかい?それだけ友達がいれば寂しい事もないだろう。天国ではゆっくり身体を休めてのんびり過ごすんだよ。

さらば、心の友よ...君の走りは一生忘れない。ただ安らかに...
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# by HakodateMagosaku | 2011-10-02 15:00 | 馬名・ミ~ | Comments(1)

第2回目はシンザンの最高傑作”ミホシンザン”です。

五冠馬シンザンの産駒で、幻の三冠馬と云われた名馬。

先日念願叶って会いに行くことができました。御年なんと29歳!生ける伝説の名馬です。

現在は種牡馬を引退し功労馬として余生を暮らしています。

1ミホ

年期が入ったこの看板。歴史の重みを感じます...。

2ミホ

背中はたれてきていますが、29歳とは思えないこの若々しさ...。

3ミホ

黙々と草をムシャムシャ食べていました。かわいい!

4ミホ

近くに寄ってきてくれました。あまりの神々しさに思わず泣いてしまいました。

5ミホ

高齢のせいか動きはのんびり、ゆったりとなっていましたがこの眼光の輝きや四股がしっかりしていてやはり名馬だなーと感じさせます。

現役と種牡馬の成績は偉大なお父さんを越すことは出来ませんでしたが、何とか長生きしてシンザンの長寿記録を抜いてほしいと思います。

偉大なる名馬ミホシンザン。いつまでも元気でいてね...。
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# by HakodateMagosaku | 2011-10-02 14:21 | 馬名・ミ~ | Comments(2)

記念すべき第1回目は戦後初のクラシック三冠馬”神賛・シンザン”です。

第一頭目にふさわしい説明無用の日本競馬界最高峰の伝説の名馬。

残念ながら生前にその姿を見ることは出来ませんでしたが、私はどうしても日本競馬の礎を築いた名馬の眠る地を訪れたいと思い先日、念願叶って脚を踏み入れることが出来ました。

1シン

まず、私を迎えてくれたこの銅像。これを観た瞬間あまりの凄さに神々しく感じてしまいました。

2シン

3シン

名伯楽”武田文吾”氏の言葉が胸を打ちます...。

4シン

私個人の考えではこの先、海外で日本馬がどのようなレースを勝ったとしてもあらゆる点でシンザンを越す馬は現れないと思っています。全ての礎を築き、あらゆる歴史を刻んだ名馬を後世に伝えて行きたいと思っています。

正に”シンザンの前にシンザンなし、シンザンの後にシンザンなし

これからもシンザンは日本競馬界の偉大なる遺産として見守ってくれると思います。
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# by HakodateMagosaku | 2011-10-02 13:37 | 馬名・シ~ | Comments(4)

初めましてHakodate Magosakuと申します。

当ブログは筆者がこれまでに訪れた競馬場、牧場、施設を紹介しています。

名馬の素晴らしく勇ましい写真は世に数多にあるので当ブログの写真はあえて間の抜けたようなリラックスしている時の写真を取り上げて行きたいと思っています。

「あの名馬がこんな表情をするもなのか?!」と思って頂ければ幸いです。

気が向いた時に不定期に写真をUPしていきますので長い目で見守ってください。

当ブログは写真ブログなのですが、当方は素人の為、写真技術及び、機材に関しては御了承下さい。

当ブログの写真は牧場、施設の方々の御厚意によって見学や体験をさせて頂いておりますのでその時の状況によっては写真撮影等の行為は必ず行えるとは限りません。

ですから牧場見学の9箇条のルールを守れなかった方の責任は当ブログでは一切追いませんので御了承願います。

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# by HakodateMagosaku | 2011-09-21 21:08 | 当ブログを初めての方へ | Comments(0)